夜中のエトセトラ(暑い夜編)



暑い。暑い暑い暑い暑い。
とにかく暑い。蒸し暑い。何で今日はこんなに暑いんだ。

年中快適な気候のはずの天霊界の、妙に蒸し暑い夜。
枕代わりに「アイスノン」を抱え、広いベッドの上を散々転がって
一番空気の通りのよい場所を探し。
そうやって何とか寝付けると思ったその矢先、
どこからか聞こえてくる妙な音にオレは気づいた。


ゾロリ。ゾロリ。


何かを引きずるような音。
気づかれないようにそっと目だけで様子を伺ってみるが、
生憎、月はちょうど雲をかぶっていて、あたりは真っ暗闇。
このオレの視力をもってしても、見事に何も見えない。


ゾロリ。ゾロリ。


耳を澄ますと、それは部屋の反対側の壁の方から聞こえてくるようだった。
そちらにはトライローが寝ているのだが、奴が起きだす気配は全くない。
それ故、空耳、という可能性も考えたが、何度聞きなおしても確かに聞こえる。


ゾロリ。ゾロリ。


その音は、だんだんとこちらへと近づいてくるようだった。
ゆっくりではあるが、少しずつ、確かに近づいている。
・・・そういえばこの音、どっかで聞いたことがあるような。

と、寝る前にトライローが見ていたホラー映画が頭をよぎった。
なんか、前に人間界で流行ったらしい、テレビから女がでてくるやつ。
そういえば、壁のほうにはTVもあったな。

まさか、とある考えが頭を過ぎり、オレはあわてて頭を振った。
いやいやいや。アレ、映画だし。
っていうか、ここ天霊界だし。死人の世界にお化けとかでねえだろ。
別のもんだ。何か、他の。

とはいえ、例の音の正体は全くわからない。
何度も頭をよぎる長い髪の女の影を押しのけつつ
悩んでいるうちに、音はもうすぐそこまで近づいていた。
何かの気配は感じるものの、それが何の気配なのか、やっぱりわからない。
ここまで考えてわからないということは、やはり。

急に背筋が寒くなってきて、オレは慌ててシーツを被った。
いや、いやいやいやいや。
だから、ありえねえから。でねえから。そんなの。
そんな話聞いたことねえし。見たこともねえし。
大体―――

と。

不意にシーツ越しに腕を掴まれた。
手、手だ。間違いなく手だろコレは。
アホらしい考えを必死に否定していた頭は一瞬にしてフリーズ。
直後、身体の上にドスンと何かがかぶさってきた。

『ひ』

喉まででかかった声を抑えて、なんとか気を静める努力をする。
まずは、引きつった深呼吸を3回。
落ち着け。落ち着けオレ。
よく考えろ。万が一アレがでてきたとしてもだ。
オレなら楽勝で勝てるだろ。
イザとなりゃ裂光弾の一発でもぶちこんでやれば・・・


ゾロリ。


「・・・!」

何か湿ったモノに顔をなでられて、再び思考が吹っ飛んだ。
湿っていて、ざらざらして、細長くて、微妙に温度の低い、何か。
シーツの隙間から入ってきたそれは、そのまま首に絡んできた。
気づけば手足も押さえ込まれたように重たくて動かない。

オレの頭は完全にパニックに陥っていた。

なんだ、これ何なんだ!?
あれか、金縛りってやつか。首のはなんだ、髪の毛か。
だとすれば、上に乗っているのは。


―――アレだろ。アレとしか思えない。


全身の血の気が音をたてて引いたその時。
月を覆っていた雲が、晴れた。




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