依存症



天霊界東部最大の町、キンシチョウ。
そのはずれにある大衆居酒屋「マンジュサカ」は
まだ昼間だというのに、酔っ払い客で溢れかえっていた。

だだっ広いフロアに雑然とテーブルの並べられた店内は
賑やかな音楽と喧騒に包まれている。

そんな店の一角、マリーチはどんよりとテーブルに伏せっていた。

「・・・せっかくうまくいきかけてたのに・・・」
「ナンパ失敗したぐらいでうだうだ言ってんじゃねえよ」

そんなマリーチをせせら笑いながら
向かいの席でビールジョッキを煽っているのはアカラナータである。
一見不思議なこの2ショット。
しかし、ここ「マンジュサカ」では、昼酒にやってくる常連客として、
おなじみのコンビである。

マリーチはううう、とうなると、籠に盛られた枝豆を一つつまんで口に含んだ。

「他人事みたいにいうけどな。お前のせいだぞ。逃げられたの」
「たまたま通りがかったから、ちょっと声かけただけだろ」
「それがまずいんだっての」

中身をすべて食べてしまって、
空っぽになった枝豆のサヤを、マリーチはアカラナータにつきつける。

「悪名高き『獣牙三人衆』、
 しかもそのボスの『不動明王アカラナータ様』が目の前にいりゃ、
 一般人は逃げ出すに決まってんだろ」

ゲット目前にして、目の前から走り去っていった少女。
今回はかなりタイプだっただけに、ダメージも大きい。
マリーチはサヤを殻入れ代わりの空き皿に投げつけた。

一方、アカラナータはニヤニヤと笑いながら
「有名人は困るな」と棒読みすると、
空になったジョッキを掲げておかわりを注文した。

「大体、未練がましいんだよ。てめえは」

その有名すぎる悪名ゆえか、
最優先で運ばれてきたジョッキに一度口をつけてから、
アカラナータはマリーチのナンパしていた少女の特徴を列挙してやる。
ショートカットの緑の髪。
気の強そうな大きな目。
声は少々低めで、おまけに、胸は小ぶりだ。

「・・・あきらかに那羅王をひきずってんじゃねえか」
「オレは胸の小さい女が好きなんだよ!」

がたん、と立ち上がって叫んだその一瞬、喧騒がとぎれた。
ついでに音楽もちょうど一曲終わったところ。
マリーチの叫びは静かな店内に響き渡ってしまった。

「・・・ええと」

店中の視線が焦るマリーチに集中する。
ごほん、とアカラナータが咳払いをすると、
それをキッカケにしたかのように次の曲が流れ始め、
店内には再び喧騒が戻ってきた。

「と、とにかくだな」

席について、マリーチは少し小声になった。

「別にレンゲを引きずってるわけじゃない。
 オレの好みにレンゲがばっちりはまってただけだ」
「・・・死んでも諦められないほど、どストライク、というわけだ」
「う・・・」

容赦なく突っ込みをいれられて、
もはや言い訳をするだけ無駄だと悟ったマリーチは
再びテーブルにつっぷした。

「お前にはわかんねえんだよ!
 ちくしょう、自分はうまいことやりやがって・・・」
「あ?」
「オレもレンゲと同棲したかったなー・・・」
「同居と言え。ただ同じ家に住んでるだけだ」
「そして甘い2人の生活・・・」
「おい、聞いてんのか」
「エプロン姿のレンゲが毎朝ベッドまでやってくるんだ・・・
 『マリーチ起きて、朝よ』ってな」

へへへへ、と力無く笑いだしたマリーチの心は
すでに別の世界へと飛んでいる。

「・・・だめだ、こりゃ」

毎度恒例の現実逃避に、
アカラナータは一つためいきをつくと、
椅子の背もたれに身体を預け、天井を仰いだ。

「いっそ自分に幻術かけちまえよ。
 そうすりゃ永遠に大好きな那羅王と一緒だぞ」

なかなかの名案だと思うのだが、
マリーチの耳には届いてないらしい。
全く無反応で、にやけたままだ。

(アホ面め・・・ま、いいけどな)

少々頭にきたアカラナータだったが、
すぐにそれも良しと思い直した。
同棲ごっこで家に引きこもられて、
昼酒の相手がいなくなるのもつまらない。

(とりあえずもうしばらくは、妄想させといてやるか・・・)

枝豆をむさぼり、一気にジョッキを空けると
アカラナータは次の注文をすべく、手をひらひらと振るのだった。




レンゲさん依存症って感じ?
うちのヘタレマリーチはレンゲちゃん無しではきっと生きていけない(死んでるけど)。
「キンシチョウ」って単語は使ってみたかっただけです。


update 2006/09/10


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