手合わせは、天空殿裏の闘技場で行われることになった。

私が剣を手に取ると、彼は両手に釵を取る。

釵使いと勝負をしたことはないが、
その形状からして、受けるか、突くか、といったところか。

私は剣を正眼に構え、精神を集中する。
対するイルヴァーナは、相も変わらず、
猫背のまま、両手をだらりと下げた構えだ。

…そのやる気の無さが、どこまで保てるか。

「じゃあ、始めるぞ」

審判役のパダナ殿が、声をかける。

「始め!」

それと同時に。
私は自分の間合いへと詰め、一太刀浴びせようとした。
が、寸前で、危機感を感じ、飛び下がる。

なんだ、この違和感は。

それが、目の前の男が発している『気』のせいだと
気がつくのに、少々かかった。

それはまぎれもない『殺気』。
だが、こんなにも無防備なまま、
発することのできる者をみたことがない。

なんなのだ、この男は。

「ねえ、来ないの?やらないのなら、帰るけど」

その声に、私は気持ちを切り替える。
そうだ、どんな『殺気』の主であったとしても。
怯んでいる場合ではない。

「いくぞ!」

私は自分へ気合いを入れる意味もこめて、そう声を発すると、
再び、間合いを詰めた。

そして、一太刀、二太刀、渾身の一撃を浴びせる。
イルヴァーナはそれらを左右の釵で軌道を逸らして受け流すと、
懐に飛び込んできた。

やはり、そういう戦い方か。

再び、自分の間合いに戻そうとした時。
イルヴァーナの動きが、その速度を増した。

(…何!?)

水の流れるような動きで。
風の吹くような早さで。

彼の釵と蹴りが間断なく、急所を狙って繰り出される。
それを何とか凌ぎながら、何度も私の間合いに戻そうと試みるが、
彼はそれを許さない。
終始、彼のペースで、私は防戦一方のまま、手合わせは続く。

(駄目だ、このままでは…)

そう焦ったのを、見透かされたのかどうか。
彼の口元が、ふ、と笑った気がした。

「さすがだなあ…もう少し、本気で行くか」

そう呟いたとたん、彼の動きが、さらに速くなった。
私の反応できない速さで、彼の蹴りが、私の顔前を掠め、
視界を一瞬遮る。
そして、その隙に、彼の片手の釵が、私の剣を捉えた。

(しまった!)

彼は釵のカギの部分で剣を押さえこむと、
同時に、私の足を蹴りで払う。
そして、床に強かに体を打ちつけた私の首に、
もう片方の釵を、突き付けた。

「パダナ…オレの勝ち、でいいかな」

「そうだな」

パダナ殿の言葉が、私の敗北を告げる。

…悔しくて、言葉もでない。
こんな軟弱な男に。手も足も出ないとは。

「ユエ、そうしょげるな。イルヴァーナには、私も敵わないのだ」

相当、ショックを受けた顔をしていたようだ。
パダナ殿が、私の肩を優しく叩く。

パダナ殿も敵わない相手。
あの軟弱な男が、偉丈夫、ともいえるパダナ殿を
倒す姿が思い描けない。

「あいつには、天賦の才能があるのだよ。
 …もっとも、本人は他の事にご執心のようだが」

そう、パダナ殿が苦笑する視線の先、
イルヴァーナは相変わらず猫背のまま、
スタスタと天空殿へと向かって戻っていく。

…やはり、納得がいかない。

私は闘技場に残された剣を拾うと、
彼の後姿を見送ったのだった。



新人ユエさんVSイル。
時期は大戦の始まる50年ぐらい前を想定。
イルはパダナさんとほぼ同期で、
八大明王ではアパラジッタに次ぐ古株だったりします。
イルが英雄になるのは開戦後なので、この頃は終始こんな感じです。
対してユエさんは、おもいっきり「武人!」って感じ。
初対面はこんな感じの2人ですが、
紆余曲折を経て、後々ゴールデンコンビを組むことに。
…ちなみに、この新人明王VSイルというのは恒例行事かと思われます。
誰だって信じたくないもの…。
update 2013/01/02


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