記念日
天霊界東部最大の町、キンシチョウ。 そのはずれにある大衆居酒屋「マンジュサカ」は まだ昼間だというのに、酔っ払い客で溢れかえっていた。 だだっ広いフロアに雑然とテーブルの並べられた店内は 賑やかな音楽と喧騒に包まれている。 その店の一角、フロアの隅に置かれたテーブルに ただ者ならぬオーラを醸し出す三人の姿があった。 「獣牙三人衆」。 泣く子も黙る史上最凶の魔神将集団である。 彼らは今、芋焼酎のボトルとお湯割りセットを囲んで 酒盛りの真っ最中であった。 いつもは派手に喧嘩をしたり、はたまた物騒な相談をしていたりと 危険きわまりない彼らであるが、今日はそうでもないようで・・・。 きっかけは、一人カウンターで赤ワインをすすっていたガイの一言だった。 「シュラトの誕生日に、乾杯・・・」 喧騒にまぎれて他の誰も気にすることのなかったその一言を聞きつけ、 アカラナータは突然神妙な顔つきになった。 「おい、トライロー」 「どうしたの?」 「お前・・・誕生日いつだっけ?」 がたん、とクンダリーニが椅子を引き、 一方トライローの顔がぱっと明るくなる。 「プレゼント、買ってくれるの!?」 「いやそうじゃなくて」 さらりと流されて、がっくりと肩を落とすトライローを 無視して、アカラナータは続けた。 「・・・オレ、憶えてないんだよね」 「は?」 「いや、だから。誕生日に関する記憶がない」 「嘘ぉ!?」 半分椅子から立ち上がったトライローは 気を取り直してお湯割を作りだしたクンダリーニの方を振り返った。 「アンタは!?」 「俺は・・・そもそも聞いたことがないなあ」 まず親の顔を知らないから、と、とぼけた口調で答えるクンダリーニに そういえばそうだったっけ、とため息をついて、 トライローはひとまず椅子に座りなおした。 「でもさ、アーちゃんってご両親元気だったじゃない?・・・途中まで」 「そう」 そうなんだけど、と呟いて、アカラナータは両手で額を押さえた。 「厳密にいうと・・・何箇所か、欠損してるんだよな。記憶が」 「誕生日のこととか?」 「そう・・・その辺の昔の・・・幼少時の思い出っていうの?」 クンダリーニに勧められたグラスをずず、とすする。 「合間合間の悲惨なことは憶えてるんだけどなあ」 背もたれに寄りかかって天井を仰いだアカラナータを トライローが心配そうに見つめる。 そんな2人をクンダリーニはグラスを口に運びながらしばらく眺めていたが、 ふと、思いついたように口を開いた。 「それ、消しちまったんじゃねえの?」 「「は?」」 同時に見つめられてまごつきながらも続ける。 「いや、だから、邪魔だろ、そんなキレイな思い出とかよ。 これからいろいろ暴れようって時にさ。 だから黒のソーマが消してくれたのかな、とか・・・」 尻つぼみに小さくなっていく声が完全に消えてしまうと、 唐突にクンダリーニのグラスにドバドバと焼酎が追加された。 「ボトル、おかわり」 アカラナータが空のビンを振りかざして店員を呼ぶ。 「・・・ありえないことじゃないわねえ」 気づけばトライローがニヤニヤとこちらを見ている。 「アンタにしちゃ、面白いことを言うじゃない」 「はあ」 クンダリーニがぽかん、としている間に新しいボトルが届き、 アカラナータとトライローは自分達のグラスに 新しくお湯割を作りだした。 「まあ、どーでもいいんだよ、どーでも」 「そうよ、生まれちゃってることは事実なんだし」 なんだか良く分からないうちに、そういうことになってしまったらしい。 少しでも真面目に考えた自分が馬鹿らしくなって、 クンダリーニがグラスに口をつけようとすると、 目の前にグラスが2つ、突き出された。 「はい、それじゃやるよ!」 視線をあげると、グラスを手にした2人の姿があった。 クンダリーニもつられてグラスを構える。 「いつだかわからないアーちゃんとクンダリーニと・・・ あと、内緒!のアタシの誕生日に!」 「「「乾杯!」」」 カチン、とグラスのぶつかる音と同時にスタートした 三人の誕生パーティは、 それから閉店まで、延々と続いたという。 久々のほぼ一発書きですが勢いのあるうちに。 3人に関してはまあいろいろ勝手に書かせてもらってますが、 誕生日に関してはこんな感じで。・・・どうでしょうかね。 update 2009/10/13 |